エクボちゃんたちのママ

思い付いたままを書いていきます🎵インスタもよろしくお願いします。https://www.instagram.com/ekubo_mama/

番組が楽しめない地デジ放送

そんなにテレビっ子ではないが、こんなことになるとね~
(´д`|||)

地デジ放送に切り替わりどれぐらいたつ⁉

地デジになれば、画面がワイドになるとか、一時期はアナログ放送との比較をされてきたが

私の住んでる地域は

確実に映る番組は、地元放送局たったひとつしか映らない。

同じ市内に住む職場の仲間でさえ

ぇえーーーーーーー⁉

っと驚く(笑)

国営放送局でさえ・・・映らない。

アンテナも立てた。
ちょこちょことアンテナの向きもかえた。
ぉお‼ 映った‼

と思えば、それまで受信してた放送局が映らない。
( ノД`)…

もともと、アナログ放送のときも映りが悪かった。
どうも、近くにたつ、デカイ病院とデカイホテルが電波の邪魔をしていたそうで、その時は、そこが何とかしてくれたとかで、よく映るようになっていた。

それが、地デジになった途端、今の状態に
o(T□T)o

職場の仲間のドラマの話についていけない(苦)

たまに、娘宅にお泊まりに行くと、こんな面白いドラマがあるのかと思っても、すでに6話くらい進んでいる(汗)

娘がまとめて話してくれる
(ノ´∀`*) フムフム

翌日、同居している娘に報告する。
見れないことに悔しがりながらも、ワクワクしながら聞いてくれる。

数週間後、またまとめて録画されたドラマをみて、娘に報告・・・・。

ああーーー、まともにテレビをみたいーー・。
ああーーー、話題に乗っかりて~~~~

プライド

中学を卒業後に就職した勤務先の病院で。

恐かった先輩が教えてくれた言葉。


今から、色々、教わる身の上でプライドは必要ない。叱られる事があっても、恥ずかしいことだと思ってはいけない。
そのかわり、看護婦としての資格を手にしたなら、プロとしてのプライドは持ちなさい。

そんなプロになるために、それはそれは、まあ、こっぴどく叱られたもんだ。

朝は、早くから起きて、診察室などの掃除や点滴の準備。
「ゴミが落ちてる‼」
「拭き掃除はしたの⁉」
「消毒した注射器の並べ方が違う‼」
冷めてしまった点滴を触り、
「点滴が教えた通りの温度に出来上がっていない‼」
「返事は⁉」「聞こえない‼」
「泣くより返事っ💢」



滅菌の作業や午後の手術の準備をしながら、各病室のシーツ交換。
ついつい、時間オーバーをしてしまう・・・
「この、消毒の火を消すのはいつ⁉」
「時計を見ずに答えなさい‼」
「貴方に仕事は任せられない‼」
と、肘鉄・・・。

今の時代、こんなことされたら大問題なんだろうなあ(笑)

夕方、学校から帰ると、屋上にある洗濯物を取り入れ、畳む。

臭い消毒液に浸かった汚れたガーゼを素手でゆすぎ、洗い、鍋で煮沸させ、また素手で洗い、ゆすぐ。
冬場はたまらなく寒く、手が凍る、
伏せた洗面器の裏でシワを独りで伸ばしながら広げる。
一旦、干しておき、明朝には屋上に干さなきゃ。

明日はごみの日。
まとめておこう。

早く風呂にいかなきゃ、お湯を捨てられる‼

こんな時間かあ・・・
早く寝ないと起きれない‼
宿題は⁉
もう・・・眠いよ・・・

叱られる と 雑務の毎日。

叱られ過ぎて、よく泣いた16歳     。
カーテンにくるまりながら・・よく泣いた。

カーテンに身をかくし、くるくると回ると、てっぺんの髪の毛が絡まっていく。
なぜだか、そうして泣きながら
「帰りたい、帰りたい。」
とよく泣いた・・・・。

学生である2年がたち、プロとしての道へと歩く。

暫くは、先輩のその意味すらわからず働いてきた。

が、私は彼女から教わった基本的な日常的行動や看護師としての技術、知識のお陰で、その後の仕事で周りから高い評価を得られていることに気づかされた。


その恐かった先輩と35年ぶりの再会。
そこでも、彼女は私の先輩として一緒の職場で働いた。

「立派になったね」

にっこりとしてくれた。
誉められて喜ぶ50歳。

「そりゃ、そうですよ。
 私は貴女を尊敬し、貴女のようなプロとしてのプライドをもった看護師になりたいという気持ちは忘れたことはありません。」

定年を迎える彼女に今の私を見せることが出来て・・・・嬉しかった。

あの、恐かった仕打ちに感謝している。

母から教わったこと

私の母は90歳。
生きていてくれたらの年齢。

母は一人っ子で、私の長姉からの話によると、とても甘やかされて育ったはずだと。

その一人っ子は、自分が寂しかったからと、私たち6人の子供を育てた。

貧乏暇なし。
よく働いた人だと思う。

私は小さいときからの記憶を辿ると、母が家でのんびりと寛いでいる姿を思い出すことが出来ない。

母は、6人もの子供を産み、理想の家族を持てたのだろうか。

常に働き続け、寂しくない家族を味わえたのだろうか。

がむしゃらに母親をして生きてきた母。
私たちもまた、がむしゃらに生かされてきた。

貧乏でも生きていける。

それを教わった?

・・・確かに。

それはそうだが、最近、つくづく思うことがある。

母が、癌で入院したときのこと。

痛みのせいで、何度もナースコールのボタンを押す母。

看護師が足早に部屋に来て
「どうされました?」

痛みを訴える母に、事務的にどんな風に痛むのかを聞いてくる。
「ガンガン?! ズキズキ?! ずっとですか?! 時々ですか?!」

早口で、(早く答えろ)と言わんばかりに。

母は、眉間にシワを寄せ、頭を横にふる。
その母に、確認するかのように、同じ事を繰り返す。

「もう・・・・いいです。」
私の言葉に対して、素直に何もなかったかのように立ち去る看護師。

その後も、母は無意識なのか、何度かナースコールのボタンを押す。

私は、さきほどのやり取りを見たくなくて、入り口まで出て行き、向かってくる看護師に来なくて良いと手をふった。

私は・・・私も、看護師。
この看護師に対して、非常に嫌な感情をもった。
病人をもつ家族からの視線はこうなるのか・・。
自分と重ねてみた。

こんな看護師にはなるなと教えてくれたような気がした。


暫くして、看護師師長がやって来た。

ベッドサイドに膝をつき、痛がる母の手をさすりながら言葉をかける。
眉間のシワが消え、安心したかのように眠る母。
静かに立ち上がり、私に軽く会釈をし、立ち去る師長。

おぉ・・・教科書にでてきた・・・ナイチンゲールだ・・。


こんな人になってほしいと教えてくれたような気がした。

今、私は、病院ではなく、介護施設の中で看護師をしている。

私は、あの時の看護師長と同じくらいの年齢になった。

母が犠牲になってまでも教えてくれたこと。

弱き方々の支えになれるよう生きている。

しくじり先生

私が生まれ育った環境はド貧乏だった。

中学で、進路をどうするかって時、高校なんてのは選択肢にはなかった。
担任が何度か自宅を訪れてきて、進学についてを親と話し合う。
親の困っている表情を見るのが嫌で、担任にこないでほしいと泣きながら頼んだ。

ソフトボールの腕で高校に行ける❗

意味のわからない説得も泣きながら拒んだ。


中学を卒業して就職した先で看護師になった。
当時の寄宿先の院長が言ってた。

この世界は、学歴なんて必要ない。
真面目に働いて、知識と技術さえ身につければ、いくらでも偉い人になれる。

あっという間に40年がたった。

手術室での勤務や様々な手技等は器用に身に付いたものの、頭が差ほど良くない・・・ん~、記憶力が弱い私は読書からの知識があまり身に付かなかったし、不真面目ではないにしろ、真面目でもなかったため、偉い人にはなれない40年だった。

結局、学歴が必要。
結局、高い資格が必要なんだ。
せいぜい、認められても、影の力持ち。

上司を支え、現場を任されても、所詮、高い評価をされるのは上司。

肩書きのないナンバー2

そんな中、上司の薦めで管理職に恵まれた。
一気に高給取りとなった。

何かを得たいならば何かを無くせ。

高給の代わりに無くしたものは…家族との時間。

買い物に行っても値札を見ずに買う環境が手に入った。
孫たちが欲しがるものは難なく買い与えられた。

真面目に働いた。
業績をあげ、自信過剰にもなった。

なのに、何かが違う…と、疲れていった。

止めた。
・・・病めた。
・・・・辞めた。

東証一部の会社の管理職という肩書き。
・・・・辞めた。

今は
家族との時間もたっぷりある。
金は・・・ない(笑)
これで良い。




これでほんとに良いのか ?

時々思う。

飛び立つ飛行機を見る。
もう、スーツ姿で飛び回る出張なんてのもなくなった。

あの頃は・・輝いてたように思う。

今、さみしい自分が居る。

沢山の勇気をもって捨てたはずの肩書き。

それと同時に、今の自分には不思議な・・

哀れなプライドが邪魔をしている。

おいおい・・・うるせーぞ!

孫の授業参観が、たった今、終わった。

先生の話を聞いていない。
友達の発表も聞いていない。
ゴソゴソ、キョロキョロ。
あくびをする。
書いては消し、書いては消しの繰り返しで、皆より遅れをとる。

時折、私と目が合う。

照れ臭そうに口元が歪む。


なんて、可愛いのだろう。

授業中だが、抱き締めに行きたくなる(笑)。


そんな授業態度は、帰ったら、ママに速攻叱られるに違いない。

そしたら、擁護してやろう。

「 ママ?
  今日の授業内容を話しておくれ。 」

ママは、チラホラみてはいたようだが、ほぼ、お友達と話していたんだから、答えられないに決まってる。

いや、ママだけじゃない。

廊下ではママたちの話し声で、先生のお話なんて、聞こえなかった。

何度も何度も私の心の声が怒鳴っていた。

( うるせーぞ!
  外へ出ろ! )

エクボの手下

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今回は、エクボの手下・・・いや、エクボ率いるスタッフを紹介しよう。

以前、軍団の画像を添付したが、

向かって、右・・・右利きの人は、箸を持つ方に座っているのが、我らが【総長・エクボ】
(⌒‐⌒)

その隣にいるのが、エクボの妹で名前は【ホクロ】
(^-^)/

そして、一番左・・・右利きの人は、茶碗を持つ方に座っているのが、エクボの姉で【二点ホクロ】
(^-^)v

エクボが《布を使った小物》を作るのに対して、
この二人は《ひょうたん》を使った工作?をしている。

絵を描いたり、はんだごてで模様を描いたり穴を開けたり・・・・最近は、押し花を貼りつけることに必死こいている。

そして、ホクロに挟まれて座っているのが、わたくし【エクボのママ】
私は、《フリマの陣取りや接客係》、たまに《ひょうたん》を触るが・・・絵が下手くそなので邪魔をしている。

他にも、【エクボの夫】もいる。《フリマの運搬係。

運搬係は、どういう扱いを受けているのか知らないが、ホクロ二人は、自分が作ったものが売れると、1割がもらえる。

前回のフリマで、ホクロは500円分売れたので50円をもらえるらしい
( v^-゜)♪

彼女は静岡に住んでいて、エクボが送ったひょうたんに絵付けをし、模様を作り、送り返して・・・50円・・・次の帰省時にもらえる・・・と喜んでいる(笑)

次のフリマは、5月(#^.^#)
地元・常盤公園

ホクロさんたちは・・・・100円くらい稼げるでしょうか
o(^o^)o

どちらにしようかな

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エクボ作・ペンケースをメガネケースにしている私だけど

総長エクボから新作の画像が届いた
d=(^o^)=b

がま口の細長・・・・お札でも入りますよ的な?

取り出しにくそう
Σ(´□`;)

ちゃいまんがな!
ペンケースあげたけど、メガネケースにしてるから、改めて、ペンケース準備したんでおまっ!
( v^-゜)♪

使いなれない関西弁を使ったかどうかはさておき

ありがたい!
うれぴー!

私は・・・・右のをお願いします