エクボちゃんたちのママ

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今年中にやってしまいたい【決別】

元・旦那がなくなり、年末に49日法要を行う。

そして、相続等諸問題について義姉たちとの話し合いがある。


義姉との決別の日を迎える…はず。





思えば、きんちゃん28歳、ワタシ17歳からスタートして40年。



まあ、色々有りすぎた。


一番は【身分の格差から起こされた諸問題】だろうか。


きんちゃん宅が、大富豪というわけではないが、ワタシの実家が笑えるほどの貧乏だったことと、日本人ではないのでは?という疑いがあったことが、結婚前からの問題だった。



お互いがお互いを認めあい、理解できるなら、そんなことは何ら問題ではない


結婚前にそんな感じで、きんちゃんは言ったように思う。



が、ことごとく、きんちゃんの親や姉はワタシを、ワタシの親を見下していた。


そんなことは、きんちゃんがフォローさえしてくれれば、なんの苦痛にもならない・・・はずだった。



しかし、親を愛し親から溺愛され、姉に頭が上がらないきんちゃんから助けられたことが・・ないような気がする。




その義母が、癌に侵され、もう残された日数が少なくなった頃、我が娘を見ながらポツリともらした。


この子たちが一番いい子。
他の子達は、私のお金を目的に来ているだけで・・



そして、義母は、息を引き取る直前、もうろうとしながら、姉の子供たちの
  「お婆ちゃん❗」
という声に、イヤイヤと首を横にふり、私の
  「お義母さん・・」
という声に、顔の緊張を緩め、ウンウンと首を縦にふってくれた。


私は・・・・・・全てを許そう


そう思った。


義母は、私を理解してくれてたんだろう。
だけど、素直じゃなかっただけで、
私の素直で純真な子供たちを見て、
きんちゃんと私の結婚を認めてくれていたに違いない。


畑が違えば、出来る身が違いますね❗
あなたが作った料理は猫でも食べません❗


元気だった頃の義母からの、そんな言葉は、笑い話に変えられるものになった。




過去は変えられない。
だけど、不要な過去は忘れよう。



だけど、その後は、違った形で姉の攻撃や介入は続き、姉の希望通りに私たちは離婚した。


もう、その頃は、私のきんちゃんに対する【愛】と言うものは消え失せ、寂しさや怒りが露に出ていたように思う。



義姉は、大好きな弟を勝ち取ったかのように、今度は、娘との間にまで介入を初め、振り回し、私たち家族はバラバラになりかけた。



家族愛を取り戻し、振り回され・・・何度繰り返したか。



きんちゃんが、自宅で、誰もいないところで息を引き取った。


これまでに、たまりたまった感情で、義姉と醜い口論となった。


 「 いつもすまんね 」

と、きんちゃんの声が聞こえた気がした。

 「 お母さんには苦労させた 」
 「 お母さんは、いつまでたっても幸せに
   ならん・・・ 」

と、きんちゃんの言葉が浮かんだ。


誰もいない外で大泣きを一度だけ・・・。




もう、きんちゃんはいないのに

望み通りにしてきてあげたのに



・・・また


もう結構です‼
もう沢山です‼


人は、支え支えられてこそ人になる。


いや、私は貴女と、人として関わりたくないのです。


・・でも


私が死んだあと、娘たちはあの人に助けられることごあるのだろうか


そんなことを考えながらも


私は、あの人と決別という形を取りたいのです。



49日の日
すべてが終わる

NHK受信料

元・旦那がなくなり、ようやく、ニュース等が頭に入りやすくなってきた。

携帯に、

テレビがあればNHKの受信料を払うのは義務である・・・という裁判がおこったとのニュース。


以前、この受信料のことで、投稿させて頂いた。


地デジになり、受信できる放送が数個しかなくなり、NHKも全く映らないのに・・なんで受信料を⁉
という投稿。



その後、NHKからは再三の電話がかかってきた。

彼らの仕事中にかけてきて、私も仕事中。

もちろん、でれるはずがない。


結局は、私の大切な休憩中に、私の電話代を使って(ケチい言い方?)話をした。



調査にくるという。

どうぞ(´・ω・`)






家に帰ると・・・・・

ん⁉
見たことがない番組・・・
なんで⁉(笑)



主人いわく

NHKがきて、何やらを買ってつけたらテレビがつきますと言われて、8000円もするこれを買いに行った・・・と指を指す。

( ̄□||||!!


この給料前にか。・゜゜(ノД`)

と、当時のワタシ。



しかも、これって、調査じゃないやん
(/≧◇≦\)

と、当時のワタシ




一応、元・旦那はたくさんの病気をかかえ、治療費やら、繰り返す入院で・・・・年金生活者で、何かと大変だった。



これ、必要⁉
と、マジで腹がたった
(*`Д´)ノ!!!



私は、仕事で帰りが遅く、ほぼほぼ家におらず、居たところでそんなにテレビを見ることもなく


これ、必要⁉

ばっかじゃないの⁉

と、当時のワタシ。



でも、買いに行ったのは元・旦那。

断りきれずに・・・・


お母さんに怒られるだろうなあと思いながらも
最終的に判断をしたから買いに行ったのだろう。




諦めるしかなかった。




その後、元・旦那は他界

結局は、NHKは解約。




あの、なんとかって物


必要だった⁉


そこまでして回収したいの?おかね・・

亡き元・旦那へ・・さてと・・・

あなたが亡くなって2週間がたったよ。


子供たちは、今でも時おり涙ぐんでる。

そして、私のことも気遣ってくれてる。



でも

なんだろうね

私は、子供たちほど弱くない



確かに、私の人生の三分の二ほどは共にいたわけだから

親以上に一緒にいたわけで


でも、
子供たちほど弱くない


母親が亡くなったときは
寂しくて哀しくて辛くて
幼子や貴方か寝静まってから
キッチンで独りで泣きながらお酒を呑み
お酒の力を借りて寝ていた


確か・・数年は続いた。
あの時も、色々ありすぎたから
私は独りでよく泣いた

今の娘たちのようによく泣いた


だから、私は貴方を引きずってなんかいられない。

私は  弱い者にはならない

私は  貴方を亡くしたことより
    子供たちのことが心配


貴方が、亡くなったあの日
なんで、夕方に気遣ってやらなかったかと自分を責める長女

いつものように、様子を伺いに実家に行って
硬くなってしまってる父親の普段着の姿を発見した次女

病気のことを気遣いながらも
遠くに住んでて何もしてやれなかったと、三女


皆、来年からの貴方の治療を信じ
  貴方は死ぬことはないと信じてたから



それぞれが哀しくて辛くて寂しくしてる。


私は母親だから

冷たいようだけど、
     貴方とは他人だから・・・




母さんは、ほんとに辛くない?
     ほんとに大丈夫?


末娘が言うけど


私は長いこと
  40年も貴方と連れ添ったけど
  40年も貴方と居たけど
  独りだった

たから、強いのよ




さてと

やることがいっぱいあるよ


娘たちの心のケアもある

    
貴方が大切にしていた【家】と
貴方が大切にしていた【娘たち】を

貴方の姉さんから守らなきゃ


ウジウジなんかしていられない

亡くして知ったこと・元・旦那への想い

父さん

いや・・・きんちゃん

三女が、彼の元に帰っちゃったね。
帰りの新幹線の中で、ちゃんとそばで見守ってあげた?


彼女は早くから、彼の元に行っちゃったから、
きんちゃんのそばで育ったのは、たったの20数年…


娘が、彼の元に行こうかどうしようか悩んだとき
  遠くへ行くと言うことは
  家族の死に目に会えないということ。


  貴女に、もしものことがあったら
  母さんは、今までのように、すぐそばにいて
  あげられない。
  自分で戦わなければいけない。

  もし、父さん、母さんにもしものことがあった
  時、
  遠くに行くんじゃなかったって後悔したり
  自分を責めないこと。
  
  それが出来るかって聞いたら


 後悔したくないから彼の所に行きたいって…



今回、突然に、きんちゃん逝ったけど・・・
三女は約束を守ろうとしてか、気丈に闘ってた


火葬される時、
ただ、ひたすらに泣く娘たちは
私の
 父さんにありがとは❗❗
と言う声に過剰に反応して
父さんに届けと言わんばかりに
泣きながら叫んでた

  ありがとー❗、ありがとー❗、ありがとー❗

聞こえてた?




その三女が、彼の元に帰る前日に、きんちゃんの色々なことを教えてほしいって・・・夜中、2時過ぎまで話し込んだよ


出会ったときのきんちゃんの話
交際中のきんちゃんの話
結婚して・・・・


泣きながら聞いてた


仕方ないよね

27年のうち、20年と少しだもん

可哀想なことをしたんだよ、きんちゃん



それはそうと・・

大きくなった娘たちは、我が家を【かかあ天下】だと、思ってたらしいよ(笑)


昔の、きんちゃんの話をすると、
偉そうに、私に説教してた頃の話ね(笑)

そんな話をしてあげたら目を丸くして

意外~( ☆∀☆)

って・・・・嬉しそうだったよ


昔、お母さんが「お父さんは格好いいんだ💨」って言ってた意味がわかる気がする


ってさ(笑)



私も、話してて思った


やっぱ、きんちゃんはかっこ良かった


おっと‼
過去形だからね(笑)







ごめんごめん(^w^)




ごめんなさい
どこから、狂っちゃったんだろうね

亡くして知ったこと・勘違い・・元・旦那へ

ねえ、父さん


私の母ちゃんがあと、数ヵ月持たないという頃


生まれたばかりの赤ちゃんがいる私は
母のために、付き添いが出来ないで
泣きながら、父さんに子守りを頼んだことがあったよね


そしたら、父さんは


一人の子供であるより、
三人の母親であることを忘れるな


そう言ったよね


だから、私は思うように、母ちゃんの介抱が出来なかった



私は

なんて意地悪な奴だ❗って


長いこと、恨んでた



だから、義母さんが床についたとき、
充分過ぎるほどの、義母さんと父さんとの時間をあげた


子供たちの事は気にしないで良いから、義母さんとの時間を作ってほしいって


あれは・・・・

あてつけだった




だって、ずっとずっと思ってたもん


私は、死んでいく母ちゃんとの時間をもらえなかった


私に、付き添いにいく、ほんのわずかな時間さえもらえなかった


父さんは、自分が子守りをしたくないがために、私に時間をくれなかった


そう思ってた





違ってたの?





父さんが死んでしまって

娘たちはたくさん泣いた

狂ったように泣いた



そばで、幼い孫たちが不安げにしてた

いつもなら、場をわきまえずに、はしゃぐ孫たちがおとなしかった


娘たちの哀しい気持ちがわからないでもなかったよ


でも、私も言ってしまった




しっかりしなさい❗

親でしょうが❗

ママでしょうが❗



ごめんね、父さん

そういうことよね


今頃、気づいた

亡くして知ったこと・会話・・元・旦那へ

母が67歳の時

全身の骨に癌があることがわかり、
余命6カ月と教えてもらえたにも関わらず


私は親孝行が出来なかった


親孝行…

しようと思えば



できたはず


亡くなったあとに色々と思い付いたけど・・・





あれから27年





旦那が死んでしまった


旦那とは言っても離婚した旦那





付き合いはじめて離婚までの33年

愛して愛してイッパイ愛して、
愛されたのは、ほんの少しみたいな気がする

笑って、笑って、笑って
笑って、泣いて笑って
笑って、泣いて

笑って泣かされて
喧嘩して
喧嘩して
喧嘩して


笑いがなくなった

昔は、あんなに彼の事ばかり見ていたのに
見向きもしなくなった



離婚してからの6年

私が離婚届を出したのに
私が見切りをつけたはずなのに



やっぱり、気になっていたのかな・・・わたし。

チラチラ見ているくらいがちょうど良かったのに

ついつい、口うるさくなって







あ~あ・・・・・




母のときに

あんなに悔やんでたのに

死という別れが、どんなものか


知っていたはずなのに


結局、また、悔やまれる




ん?





父さん?

・・・


娘に、
母さんには苦労させた・・なんて言わないでさ

一度で良いから、私に

おりがとうを言ってほしかった

一度で良いから、私に

ごめんなを言ってほしかった

あんたは、ズルいよ


私だって

棺の中の父さんに
ありがとう、ごめんねを言うのは辛すぎた


突然すぎて
辛すぎる


結局、
なんも誉められないままのお別れになったね


母親からも
旦那からも


感謝もされず
詫びもされず
誉めもされず


わたしは・・・さみしいよ

人殺しの息子と呼ばれて

昼過ぎのコーヒータイム。

ふた昔近く前の事件について取り上げられていた。

ある夫婦が起こした身内への殺人事件。



でも、その番組は、その事件についてを本題としておらず、事件の説明のあと、夫婦の息子の話へと繋がった。


そのいきさつは、さておいて…。



彼の年齢は24歳。
彼が9歳の時に事件が起きている。

後に、両親は逮捕となり、彼は養護施設へと預けられたらしい。


彼自身、両親から、軟禁、虐待されてきたにも関わらず、それを察することも知ることもなかった冷たい社会へと放り込まれたようだ。


9歳にして、初めての小学校。


高学年、親のことで友達との間でトラブルを起こしてしまう。


彼は言う。


周りの人全てが敵にしか見えなかった。

大変だったろうと語る先生に対しても、何がわかるんだと思っていたと。

荒れる彼に対して、「君の為」だと言われたところで、そっとしておいてくれと思っていたと。

孤立している方が心地よかった・・・・と。


私は彼ほどの苦労はしていないし、親が犯罪者という訳ではないが、ぼんやりと、自分と重なるものもあり、涙ながらにそのシーンを見ていた。



私の場合、名字に、ある文字があるがために、〇〇人‼と言われ、石を投げられたり、水をかけられたり、くつを便所に捨てられて学校から裸足で帰ることもあった。少しでも接触しようものなら汚いものがついたかのように「うつる❗うつる❗」と大騒ぎ・・・・。

委員会やクラブ活動、発表会で、一緒にしてくれる人もなく、遠足もいつも一人ぼっち。

卒業アルバム用の写真で、たまたま写っていても、自分の回りには誰一人寄りついてなく・・・見たくない。




彼が言う


高学年のその時まで、我慢してきたが、我慢しない方法もあることに気付いた・・・・と。

私も同じ時期、先生が教壇に置いていた(置きっぱなしにしていた)集金袋のお金がなくなったと大騒ぎになり、皆の持ち物検査となったとき、さっさと行動にうつさない私に担任が物凄い形相で「お前か❗」と詰め寄ってきた。


その日から私も彼と同じ意識をもつ。
「我慢することはない」


彼と同じ気持ちをもった。
「私が悪いんじゃない❗」




今、周りからパワフルで、強いイメージしかないらしい私。

実は泣き虫で、常に周りにどう思われているかが気になり胃を痛める。


もし、タイムマシーンがあり、使って良いよと言われたら、迷わず、子供の頃の自分に遇いに行き抱き締めてやりたい。


あなたは悪くない

親も悪くない

友達も悪くない

悪いのは廻りの愚かな大人たち

あなたはそんな大人にならないように、今は、勉強しているだけ。

残念なことに、大きな大人になるまでは続いてしまうかもしれないけど、しっかり勉強したらば、卒業出来るよ。

大切な家族もできる。

愛というものにも恵まれる。

苦労したぶんだけ幸せがくるに決まってる。

だから、正しい生き方を学びなさい。

廻りから、正しいと間違いを学びなさい。



これは、彼にも伝えたい。