エクボちゃんたちのママ

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NHK受信料

元・旦那がなくなり、ようやく、ニュース等が頭に入りやすくなってきた。

携帯に、

テレビがあればNHKの受信料を払うのは義務である・・・という裁判がおこったとのニュース。


以前、この受信料のことで、投稿させて頂いた。


地デジになり、受信できる放送が数個しかなくなり、NHKも全く映らないのに・・なんで受信料を⁉
という投稿。



その後、NHKからは再三の電話がかかってきた。

彼らの仕事中にかけてきて、私も仕事中。

もちろん、でれるはずがない。


結局は、私の大切な休憩中に、私の電話代を使って(ケチい言い方?)話をした。



調査にくるという。

どうぞ(´・ω・`)






家に帰ると・・・・・

ん⁉
見たことがない番組・・・
なんで⁉(笑)



主人いわく

NHKがきて、何やらを買ってつけたらテレビがつきますと言われて、8000円もするこれを買いに行った・・・と指を指す。

( ̄□||||!!


この給料前にか。・゜゜(ノД`)

と、当時のワタシ。



しかも、これって、調査じゃないやん
(/≧◇≦\)

と、当時のワタシ




一応、元・旦那はたくさんの病気をかかえ、治療費やら、繰り返す入院で・・・・年金生活者で、何かと大変だった。



これ、必要⁉
と、マジで腹がたった
(*`Д´)ノ!!!



私は、仕事で帰りが遅く、ほぼほぼ家におらず、居たところでそんなにテレビを見ることもなく


これ、必要⁉

ばっかじゃないの⁉

と、当時のワタシ。



でも、買いに行ったのは元・旦那。

断りきれずに・・・・


お母さんに怒られるだろうなあと思いながらも
最終的に判断をしたから買いに行ったのだろう。




諦めるしかなかった。




その後、元・旦那は他界

結局は、NHKは解約。




あの、なんとかって物


必要だった⁉


そこまでして回収したいの?おかね・・

亡き元・旦那へ・・さてと・・・

あなたが亡くなって2週間がたったよ。


子供たちは、今でも時おり涙ぐんでる。

そして、私のことも気遣ってくれてる。



でも

なんだろうね

私は、子供たちほど弱くない



確かに、私の人生の三分の二ほどは共にいたわけだから

親以上に一緒にいたわけで


でも、
子供たちほど弱くない


母親が亡くなったときは
寂しくて哀しくて辛くて
幼子や貴方か寝静まってから
キッチンで独りで泣きながらお酒を呑み
お酒の力を借りて寝ていた


確か・・数年は続いた。
あの時も、色々ありすぎたから
私は独りでよく泣いた

今の娘たちのように


だから、私は貴方を引きずってなんかいられない。

私は  弱い者にはならない

私は  貴方を亡くしたことより
    子供たちのことが心配


貴方が、亡くなったあの日
なんで、夕方に気遣ってやらなかったかと自分を責める長女

いつものように、様子を伺いに実家に行って
硬くなってしまってる父親の普段着の姿を発見した次女

病気のことを気遣いながらも
遠くに住んでて何もしてやれなかったと、三女


皆、来年からの貴方の治療を信じ
  貴方は死ぬことはないと信じてたから



それぞれが哀しくて辛くて寂しくしてる。


私は母親だから

冷たいようだけど、
     貴方とは他人だから・・・




母さんは、ほんとに辛くない?
     ほんとに大丈夫?


末娘が言うけど


私は長いこと
  40年も貴方と連れ添ったけど
  40年も貴方と居たけど
  独りだった

たから、強いのよ




さてと

やることがいっぱいあるよ


娘たちの心のケアもある

    
貴方が大切にしていた【家】と
貴方が大切にしていた【娘たち】を

貴方の姉さんから守らなきゃ


ウジウジなんかしていられない

亡くして知ったこと・元・旦那への想い

父さん

いや・・・きんちゃん

三女が、彼の元に帰っちゃったね。
帰りの新幹線の中で、ちゃんとそばで見守ってあげた?


彼女は早くから、彼の元に行っちゃったから、
きんちゃんのそばで育ったのは、たったの20数年…


娘が、彼の元に行こうかどうしようか悩んだとき
  遠くへ行くと言うことは
  家族の死に目に会えないということ。


  貴女に、もしものことがあったら
  母さんは、今までのように、すぐそばにいて
  あげられない。
  自分で戦わなければいけない。

  もし、父さん、母さんにもしものことがあった
  時、
  遠くに行くんじゃなかったって後悔したり
  自分を責めないこと。
  
  それが出来るかって聞いたら


 後悔したくないから彼の所に行きたいって…



今回、突然に、きんちゃん逝ったけど・・・
三女は約束を守ろうとしてか、気丈に闘ってた


火葬される時、
ただ、ひたすらに泣く娘たちは
私の
 父さんにありがとは❗❗
と言う声に過剰に反応して
父さんに届けと言わんばかりに
泣きながら叫んでた

  ありがとー❗、ありがとー❗、ありがとー❗

聞こえてた?




その三女が、彼の元に帰る前日に、きんちゃんの色々なことを教えてほしいって・・・夜中、2時過ぎまで話し込んだよ


出会ったときのきんちゃんの話
交際中のきんちゃんの話
結婚して・・・・


泣きながら聞いてた


仕方ないよね

27年のうち、20年と少しだもん

可哀想なことをしたんだよ、きんちゃん



それはそうと・・

大きくなった娘たちは、我が家を【かかあ天下】だと、思ってたらしいよ(笑)


昔の、きんちゃんの話をすると、
偉そうに、私に説教してた頃の話ね(笑)

そんな話をしてあげたら目を丸くして

意外~( ☆∀☆)

って・・・・嬉しそうだったよ


昔、お母さんが「お父さんは格好いいんだ💨」って言ってた意味がわかる気がする


ってさ(笑)



私も、話してて思った


やっぱ、きんちゃんはかっこ良かった


おっと‼
過去形だからね(笑)







ごめんごめん(^w^)




ごめんなさい
どこから、狂っちゃったんだろうね

亡くして知ったこと・勘違い・・元・旦那へ

ねえ、父さん


私の母ちゃんがあと、数ヵ月持たないという頃


生まれたばかりの赤ちゃんがいる私は
母のために、付き添いが出来ないで
泣きながら、父さんに子守りを頼んだことがあったよね


そしたら、父さんは


一人の子供であるより、
三人の母親であることを忘れるな


そう言ったよね


だから、私は思うように、母ちゃんの介抱が出来なかった



私は

なんて意地悪な奴だ❗って


長いこと、恨んでた



だから、義母さんが床についたとき、
充分過ぎるほどの、義母さんと父さんとの時間をあげた


子供たちの事は気にしないで良いから、義母さんとの時間を作ってほしいって


あれは・・・・

あてつけだった




だって、ずっとずっと思ってたもん


私は、死んでいく母ちゃんとの時間をもらえなかった


私に、付き添いにいく、ほんのわずかな時間さえもらえなかった


父さんは、自分が子守りをしたくないがために、私に時間をくれなかった


そう思ってた





違ってたの?





父さんが死んでしまって

娘たちはたくさん泣いた

狂ったように泣いた



そばで、幼い孫たちが不安げにしてた

いつもなら、場をわきまえずに、はしゃぐ孫たちがおとなしかった


娘たちの哀しい気持ちがわからないでもなかったよ


でも、私も言ってしまった




しっかりしなさい❗

親でしょうが❗

ママでしょうが❗



ごめんね、父さん

そういうことよね


今頃、気づいた

亡くして知ったこと・会話・・元・旦那へ

母が67歳の時

全身の骨に癌があることがわかり、
余命6カ月と教えてもらえたにも関わらず


私は親孝行が出来なかった


親孝行…

しようと思えば



できたはず


亡くなったあとに色々と思い付いたけど・・・





あれから27年





旦那が死んでしまった


旦那とは言っても離婚した旦那





付き合いはじめて離婚までの33年

愛して愛してイッパイ愛して、
愛されたのは、ほんの少しみたいな気がする

笑って、笑って、笑って
笑って、泣いて笑って
笑って、泣いて

笑って泣かされて
喧嘩して
喧嘩して
喧嘩して


笑いがなくなった

昔は、あんなに彼の事ばかり見ていたのに
見向きもしなくなった



離婚してからの6年

私が離婚届を出したのに
私が見切りをつけたはずなのに



やっぱり、気になっていたのかな・・・わたし。

チラチラ見ているくらいがちょうど良かったのに

ついつい、口うるさくなって







あ~あ・・・・・




母のときに

あんなに悔やんでたのに

死という別れが、どんなものか


知っていたはずなのに


結局、また、悔やまれる




ん?





父さん?

・・・


娘に、
母さんには苦労させた・・なんて言わないでさ

一度で良いから、私に

おりがとうを言ってほしかった

一度で良いから、私に

ごめんなを言ってほしかった

あんたは、ズルいよ


私だって

棺の中の父さんに
ありがとう、ごめんねを言うのは辛すぎた


突然すぎて
辛すぎる


結局、
なんも誉められないままのお別れになったね


母親からも
旦那からも


感謝もされず
詫びもされず
誉めもされず


わたしは・・・さみしいよ

人殺しの息子と呼ばれて

昼過ぎのコーヒータイム。

ふた昔近く前の事件について取り上げられていた。

ある夫婦が起こした身内への殺人事件。



でも、その番組は、その事件についてを本題としておらず、事件の説明のあと、夫婦の息子の話へと繋がった。


そのいきさつは、さておいて…。



彼の年齢は24歳。
彼が9歳の時に事件が起きている。

後に、両親は逮捕となり、彼は養護施設へと預けられたらしい。


彼自身、両親から、軟禁、虐待されてきたにも関わらず、それを察することも知ることもなかった冷たい社会へと放り込まれたようだ。


9歳にして、初めての小学校。


高学年、親のことで友達との間でトラブルを起こしてしまう。


彼は言う。


周りの人全てが敵にしか見えなかった。

大変だったろうと語る先生に対しても、何がわかるんだと思っていたと。

荒れる彼に対して、「君の為」だと言われたところで、そっとしておいてくれと思っていたと。

孤立している方が心地よかった・・・・と。


私は彼ほどの苦労はしていないし、親が犯罪者という訳ではないが、ぼんやりと、自分と重なるものもあり、涙ながらにそのシーンを見ていた。



私の場合、名字に、ある文字があるがために、〇〇人‼と言われ、石を投げられたり、水をかけられたり、くつを便所に捨てられて学校から裸足で帰ることもあった。少しでも接触しようものなら汚いものがついたかのように「うつる❗うつる❗」と大騒ぎ・・・・。

委員会やクラブ活動、発表会で、一緒にしてくれる人もなく、遠足もいつも一人ぼっち。

卒業アルバム用の写真で、たまたま写っていても、自分の回りには誰一人寄りついてなく・・・見たくない。




彼が言う


高学年のその時まで、我慢してきたが、我慢しない方法もあることに気付いた・・・・と。

私も同じ時期、先生が教壇に置いていた(置きっぱなしにしていた)集金袋のお金がなくなったと大騒ぎになり、皆の持ち物検査となったとき、さっさと行動にうつさない私に担任が物凄い形相で「お前か❗」と詰め寄ってきた。


その日から私も彼と同じ意識をもつ。
「我慢することはない」


彼と同じ気持ちをもった。
「私が悪いんじゃない❗」




今、周りからパワフルで、強いイメージしかないらしい私。

実は泣き虫で、常に周りにどう思われているかが気になり胃を痛める。


もし、タイムマシーンがあり、使って良いよと言われたら、迷わず、子供の頃の自分に遇いに行き抱き締めてやりたい。


あなたは悪くない

親も悪くない

友達も悪くない

悪いのは廻りの愚かな大人たち

あなたはそんな大人にならないように、今は、勉強しているだけ。

残念なことに、大きな大人になるまでは続いてしまうかもしれないけど、しっかり勉強したらば、卒業出来るよ。

大切な家族もできる。

愛というものにも恵まれる。

苦労したぶんだけ幸せがくるに決まってる。

だから、正しい生き方を学びなさい。

廻りから、正しいと間違いを学びなさい。



これは、彼にも伝えたい。

母の命日(11月2日)

前略
母上様

貴女が私の前から居なくなり、27年が経ちました。


様々な後悔をしてきましたが、あなたに対するそれは、私の生きてきた中で一番大きく、他の何事なぞ、微々たるものでしかない。



旅行に連れて行ってあげればよかった。

温泉に連れて行ってあげればよかった。

一緒に服や靴を買いに行って、おしゃれを楽しませてあげればよかった。

孫たちを囲んで、もっともっと団らんを味あわせてあげればよかった。

もっとたくさん、実家に帰ればよかった。

もっと色んな話をしていればよかった。

・・・・優しくしてあげたらよかった。

・・・・優しくしてあげなきゃいけなかった。


キリがない。





私の長女が小学2年生、二女が3才だったけど、

ちょうど、今

私の孫が同じ年齢になりました。





長女は、記憶の中から、数少ない貴女の話を聞かせてくれます。

アパートの階段下でままごと遊びをしたこと、
貴女が亡くなったあとでの登校日・・・貴女を思い出し泣いていると、男子から意地悪されて、物凄く辛い日があったこと。


当時、3才だった二女は、貴女の記憶が全くありません。

でも、誰よりも貴女の存在を信じ、貴女を頼っています。
何か、大切なこと、不安なことがあると、必ず墓参りに行きたがってくれ、今日も、朝早くから貴女への花を買いに行ってくれました。


貴女が、病床で抱いたあのときの産まれたばかりの三女は、ひょっこりと帰省してきては、ひょっこりと墓参りをしてくれる・・27歳になりました。


どの子も、貴女想いのとても良い子に育ちました。



娘たちが言ったことかあるよ。


貴女との記憶
貴女との思い出がたくさん欲しかったと。


これは、どうしようもない後悔




だからね

私は、忙しくても、大変でも

たくさんの思い出を作るために駆け回ろうと思う。

たくさん話をし

たくさん出掛けもし

たくさん喧嘩もするし、憎まれ口もたたく。

三人もいるとね、大変だね

孫も三人だからさ・・・

ちょっと・・・片寄ったりしてさ

あ~~、身体が三つあれば、同時に、皆にしてあげれるのにぃ・・・・


おかんとして

ばあばとして頑張るんだけとさ・・・・



逢いたいよ
話をしたいよ
一緒に寝たいよ


夢でもいいから
叶えてよ